怒りの広島 祈りの長崎。長崎県民が旅した広島の街。

怒りの広島 祈りの長崎”というフレーズにもあるように、世界史上、両県以外、未だに経験していない、また未来永劫経験してはならない原爆の被爆都市である広島を、長崎県民である私が観光した今回の旅。

今回の旅をつうじて造船と海軍の街、呉と佐世保、平和公園とチンチン電車を有する広島市街と長崎市街、両市の原爆被爆と復興・・・共通する面も多々見受けられるふたつの街。

広島市の中心部が被爆し、早い時期から都市計画が決定され、近代的なビルが立ち並ぶ広島の街を走るチンチン電車も低床の新型車両が目立ちます。

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長崎市は被爆地が長崎市中心部を僅かにそれたため、古い建築物や町並みを残し、戦後復興がなされ広島同様、市民や観光客の足として利用されるチンチン電車は旧型車両です。


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どちらの街もそれぞれに特徴があり魅力的です♪

広島の街は、前職の出張で何度となく訪れ、よく知る都市のひとつでしたが純粋に観光で訪れるとまた違う側面をうかがい知ることが出来ました。

旅先の地元の言葉を耳にしながら街を散策し、旅先の地元に根付いた料理を、地元に根付いたお店で頂き、旅先の地をリスペクトし楽しむ。

広島の街に敬意を表し、私のカラオケの十八番で、広島弁で歌う吉田拓郎の曲を、同じく広島県出身の奥田民雄が“広島市民球場”現在の、“MAZDA Zoom-Zoom スタジアム”広島で歌う『唇をかみしめて』をエンディング曲ににどうぞ♪




また、行きたいと思わせてくれた広島の街と出合った人に感謝♪

帰路に着き、JR諫早駅前の老舗食堂“山勝食堂”で“皿うどん太麺”とビールで旅行の締め♪

つくずく長崎県民だな~と実感('-'*)エヘ

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今日の名言

人間は原子爆弾なんてとんでもないものを発明するけれども、酒といういいものも発明したんだから、そう深く考えないで、気を楽にして酒を楽しみなさい。by 野坂昭如 (中島らも著 さかだち日記の野坂先生との会談より引用)



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神の島 宮島であなごめし@宮島あなごめし和田

平和記念公園から出港した船で“宮島”に到着♪

日本三景のひとつ“宮島”です

(日本三景とは日本を代表する景勝地のことで、宮島・松島・天橋立を指します)

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宮島”は原始宗教のなごりで島自体を、ご神体として崇められてきた神の島として有名ですね。

世界遺産にも登録されている“嚴島神社”は、神のご神体である宮島の陸地では畏れ多いと海中に社が建てられました。

嚴島神社”の名称には「いつき島にまつれる神」という意味があるらしいです。

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この日は、結婚式が執り行われていました♪

どちらさまかは存じませんがおめでとうございますヾ(*~∀~*)ゞ オメデトォー

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お昼は“宮島あなごめし和田”さんで、“あなごめし”をいただきました♪

宮島あなごめし和田”さんは、お土産屋さんが立ち並ぶ賑やかな通りから、ちょっとはずれた五重塔近くにポツンとある人気のお店です。

メニューは“あなごめし”のみ。

開店して間もない時間だったのですが、すでに並んでる人が・・・

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待つことしばし、並んでいる間に注文を聞かれ、入店♪

ビールでも飲みながら“あなごめし”を待つ。

あなごめし”です♪

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香ばしく且つ柔らかに焼き上げられた“地あなご”は、さっぱりと上品なお味で美味いッ!!

宮島あなごめし和田”さんのお店を出ると、桜と五重塔が目に入り、宮島の春を感じさせてくれます

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宮島”を訪れるのは3度目になりますが、季節や潮の満ち干きによって景観が変わる“嚴島神社”など、宮島観光は、何度行っても、飽きることがありません♪

今日の名言

宮島の真価は弥山の頂上からの眺めにあり。by 伊藤博文



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負の世界遺産“原爆ドーム”と、広島の戦後復興と共に歩んできた老舗喫茶店“朝日珈琲サロン”

広島観光の朝は“朝日珈琲サロン”からスタート♪

朝日珈琲サロン”は1949年、戦後復興真っ只中の広島で“喫茶セブン”を開店されたご主人が、1958年、戦後初めて建設された本格的ビル“朝日会館”の竣工と同時に出店された、広島の老舗喫茶店です♪

昭和の“The純喫茶”ってスタイルの店内には、ゆったりとした時間が流れています。

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ネルドリップの珈琲にトースト、スクランブルエッグ、サラダ、味噌汁が付いた朝日セット♪

同じく、ネルドリップの珈琲にサンドウィッチ、果物、味噌汁が付いたサンドセット♪


(※写真をクリックすると拡大します)

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広島の戦後復興と共に歩まれてきた“朝日珈琲サロン”さんに敬意を表しつつ平和記念公園に向かいました。

怒りの広島 祈りの長崎”といわれる原爆の被爆地、両県にある平和記念公園(長崎は平和公園という)。

平和記念公園内にある“原爆死没者慰霊碑”の奥に“平和の灯”の炎がゆれ、その先には原爆ドームが位置します。

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慰霊碑に手を合わせ、石碑前面に刻まれる、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」の言葉を深く心に刻みました。

平和記念公園設計の起点となっている原爆ドームを様々なアングルで眺めながら、公園内を散歩しました。

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負の世界遺産として有名な“原爆ドーム(1996年ユネスコ世界遺産(文化遺産)登録)

原爆ドーム”は、チェコ人の建築家ヤン・レッツェルの設計により、1915年(大正4年)広島県産の製品の販路開拓を目的に“広島県物産陳列館”として竣工。
(被爆時の名称は、“広島県産業奨励館”)

ドームの高さは約25m、ネオ・バロック様式の外格から、被爆以前の姿は、きっとモダンな建物であった事でしょう。

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原爆(核兵器)の悲惨さを、後生に伝え続けていくことは、被爆地である広島・長崎では非常に重要な事です。

私も子供の頃、祖母に原爆投下の時の話を聞かされていました。

親戚にも被爆者の方がいらっしゃった事から、戦時中の昔話とは少し異質な話です。

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長崎では原爆が投下された8月9日、“長崎原爆の日”は、夏休み中の長崎県下の小・中・高の学生達は登校日となり、原爆が投下された11:02には町中のサイレンが鳴り渡り、黙祷を捧げます。

原爆ドーム”は当時のことを知る方々が高齢になり語り継ぐ事が困難になってきている今、そして未来、原爆の恐ろしさと悲惨さを風化させることなく伝え、平和の大切さを教える、もの言わぬ語り部としての役割を担う遺産になるんだろうな。

原爆ドーム”を後に、平和記念公園の桟橋から神の島“宮島”へ船で向かいます♪

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今日の名言

あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろうか。by 楮山ヒロ子 (1歳のときに被爆し、被爆による放射線障害が原因とみられる急性白血病のため16歳で亡くなった)

この言葉を記した、彼女の日記に感銘を受けた平和運動家の河本一郎が中心となって保存を求める運動が始まり、1966年に広島市議会は永久保存することを決議する。



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